ご報告 ~卯紗麿のこと~
本当に、すごく久々の更新です。
毎日わずかに見に来てくださる方があること、ありがたく思っております。
いつかこんな日が来るのはわかっていたけれど、
もうちょっと先のことだと思っていたのですが……
昨年の12月7日20時10分ごろ、卯紗麿は旅立ちました。私の昨年のソロ演奏がすべて終わって、ちょっとホッとしていたときでした。
11月に入って、食欲が落ちてきました。換毛のせいかなと思っていました。しかし、月末には急に足腰が弱くなり、体を支えられなくなって、どうしても右に右にと回るようになりました。
足を痛めたかと思って急いで近所の獣医さんに診ていただきましたが原因はわからず。その後かかりつけのラビットクリニックに行きましたが、やはり原因はわからず。

11月末の通院。
診察時は弱みを見せずに脚をふんばっていたひと。

家ではこんな感じ。
目が回りそうです。
そのうちに呼吸が荒くなってきて、とうとう口で呼吸をするようになりました。
最後の診察の日、状態の改善がみられないのでレントゲンや血液検査をしました。レントゲンの結果……胸に胸水が溜まっていることが判明。血液は……まず貧血になっていて採血しようにもなかなか血液が上がってきませんでした。その結果は、カルシウム値が極端に低く、ミネラルバランスが崩れていました。強制食餌をしていたとはいえ、栄養がきちんと摂れていないことはわかっていたので納得。

最後の通院から帰って。
レントゲン撮ったり注射されたり、大変だったね。
たくさん我慢をさせちゃったね。
その翌々日の穏やかに晴れた静かな水曜日、母と私が見守る中、卯紗麿さんは天国に旅立ちました。

うちの木瓜(ボケ)は卯紗麿さんに良く似合うきれいな色。
「卯紗麿の木」と呼ぶことにしました。
手製の棺に添えて。

出身校である東京音楽大学のすぐそばにある葬儀場にて。
本当はもっといろいろ書きたかったけれど、つらくなってきたので、とりあえず今日はここまで。
ちょうどふた月たちましたが、まだまだシンドイです。いつか天国で会えると確信していても、難しいものは難しい。
……もう少し落ち着いたらまた更新するかもしれません。

愛しいひと。

いつか再会する日まで、ちょっとだけサヨウナラ。 またすぐ会おうね!
毎日わずかに見に来てくださる方があること、ありがたく思っております。
いつかこんな日が来るのはわかっていたけれど、
もうちょっと先のことだと思っていたのですが……
昨年の12月7日20時10分ごろ、卯紗麿は旅立ちました。私の昨年のソロ演奏がすべて終わって、ちょっとホッとしていたときでした。
11月に入って、食欲が落ちてきました。換毛のせいかなと思っていました。しかし、月末には急に足腰が弱くなり、体を支えられなくなって、どうしても右に右にと回るようになりました。
足を痛めたかと思って急いで近所の獣医さんに診ていただきましたが原因はわからず。その後かかりつけのラビットクリニックに行きましたが、やはり原因はわからず。

11月末の通院。
診察時は弱みを見せずに脚をふんばっていたひと。

家ではこんな感じ。
目が回りそうです。
そのうちに呼吸が荒くなってきて、とうとう口で呼吸をするようになりました。
最後の診察の日、状態の改善がみられないのでレントゲンや血液検査をしました。レントゲンの結果……胸に胸水が溜まっていることが判明。血液は……まず貧血になっていて採血しようにもなかなか血液が上がってきませんでした。その結果は、カルシウム値が極端に低く、ミネラルバランスが崩れていました。強制食餌をしていたとはいえ、栄養がきちんと摂れていないことはわかっていたので納得。

最後の通院から帰って。
レントゲン撮ったり注射されたり、大変だったね。
たくさん我慢をさせちゃったね。
その翌々日の穏やかに晴れた静かな水曜日、母と私が見守る中、卯紗麿さんは天国に旅立ちました。

うちの木瓜(ボケ)は卯紗麿さんに良く似合うきれいな色。
「卯紗麿の木」と呼ぶことにしました。
手製の棺に添えて。

出身校である東京音楽大学のすぐそばにある葬儀場にて。
本当はもっといろいろ書きたかったけれど、つらくなってきたので、とりあえず今日はここまで。
ちょうどふた月たちましたが、まだまだシンドイです。いつか天国で会えると確信していても、難しいものは難しい。
……もう少し落ち着いたらまた更新するかもしれません。

愛しいひと。

いつか再会する日まで、ちょっとだけサヨウナラ。 またすぐ会おうね!




















